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罪と罰

今日は非常にヘヴィな一日であった。

紺です。

今日はすっっっっっっごく悲しかったので、罪と罰について考えます。

といっても例の名著ではなく。

ごくごく個人的な見解をずらずら並べ立てて、

安っぽい悲哀感にひたるだけの作業ですので、

他人の考えなんざ読みたくねえよ、という方は、今日はばいばいです。

……こんな哲学思想も誰かの受け売りなんだろうな。

安いわ、自分。最悪だ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

罪を犯した者は、いかにしてその罪を償えるのでしょう。

罪の対極として罰があげられますが、はたして罰を受けることで、

罪は償えるのでしょうか。

否。

そんなことはありません。罪は常に罪としてあり、

単純なプラスマイナスの関係ではありません。

一度罪を犯せば、その人は罪からは逃れられない。

いや、罪の作り出す良心の呵責から逃れられない。

罪は消えることなく人に染み込み、心を蝕み続ける。

消えることのない罪、ならばなぜ罪を犯したものに、

罰を与えるのでしょう。

ごく個人的な見解を述べさせてもらいます。

罰。それは、ただの自己満足でしかないと思います。

罰を与える側も、罰を受ける側も、

逃れられない苦しみを忘れるために、

他人から許してもらうために、

そして何より自分自身を許すために、

罰を作り出したのだと思います。

私は彼・彼女に罰を与えた。

だから、もう許さなければいけない。

私は彼・彼女から罰を受けた。

だから、もう許されるはずだ。

人の心の安息のため罰というものが在るのだと、

私はそう感じます。

なぜなら、そうしなければ人は延々と続く苦しみの輪廻から、

逃れられないから。

自分でも相手でもなく、

人間ですらない、

超越した存在である「罰」に、

許してもらおうという考え。

しかし所詮は罰も罪も、

人の作り出したものにすぎません。

自分の作り出した拠り所でしかありません。

自分が自分を許せないとき。

相手が許そうと、

法が許そうと、神が許そうと、

罰が許そうと、人間すべてが許そうと、何が許そうと、

自分が許せなければ何の意味もない。

罪は消えずに、人を蝕みます。

だから、納得するしかない。

何かに許されて、納得するしかない。

それしか罪を想わなくなる方法は無いと思います。

 
 
 
 

くるしいね。天地が崩壊しそうだね。

ざまあみろだ、自分。

しんじゃえ。

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Comments

紺さん、苦しんでるね。舞乃が許してあげるからさ!!元気出してね。貢物はイチゴのケーキとアイスのケーキでいいよ(笑)
栄養ドリンク飲みすぎて鼻血出さないように。

チャオ!!

Posted by: 舞乃 | 2005.01.31 at 08:39 PM

ありがと。
ありがとね。

ありがとう。

ごめんなさい。
 
 
 

 
いちごのケーキはいいもの見つけておくからね。(笑)

Posted by: KON | 2005.02.01 at 03:38 AM

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